第58話ー完璧主義

今宵の【Bar Siva】も定刻の時間を迎える頃である。

出来るボーイのサトシは開店準備を済ませて予約リストを再確認していた。

オーナーママのリリーは定位置でタバコを燻らせながら瞑想中だ。

これから来る人達の悩みや感情のうごめきを受け取る。

リリーは大きな溜息とともに、ゆっくり目を開けた。

ボーイのサトシは思わず口を開いた。

「珍しいですね。ママが溜息って…」

リリーはタバコを吸いながら答える。

「そうね。なんだか切なくなったの」

「石村さんですか?」

リリーは小さく頷いた。

「彼女は真面目に生きてるだけなんだけどね」

サトシが質問をしようとした時に店のドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

出来るボーイのサトシは反射的に言った。

ドアを開けて入って来たその女性が

「こんばんは。予約している石村です。よろしくお願いします」

と言いながらカウンターの前まで来た。

「ようこそ。こちらへどうぞ」

リリーが右手を差し出しカウンターの席へ案内した。

「ありがとうございます」

石村は手に持っていたコートと鞄を隣の席に置くと椅子に腰掛けた。

「いらっしゃいませ石村様、何を飲まれますでしょうか?」

サトシはおしぼりを手渡しながら聞いた。

「赤ワインをグラスでください。リリーさんも何かご一緒に」

石村はリリーの顔を見て小さく会釈した。

「ありがとうございます。ではビールで乾杯させていただきますわ」

リリーは笑顔でそう言うとサトシに目配せをした。

サトシは小さく頷いて厨房へと入って行った。

リリーは間を開けずに口を開く。

「今日は何を聞きたくて来られたのかしら?」

石村はリリーを真っ直ぐに見ながら答える。

「私、仕事仲間と細かなことで意見が合わなくてストレスになることが多いんです。

私が細か過ぎると周りの人に言われてるのですが、私からすると皆が大雑把に思えて仕方ありません。

ざっくりする周りと合わな過ぎてイライラしてしまうので、どうしたら良いものかと思いまして」

石村は生真面目に話した。

リリーが答える前に厨房からサトシが出て来た。

「お待たせ致しました。赤ワインのグラスでございます」

石村の前にグラスワインを置くと続けてリリーの前にビールグラスを置いた。

リリーはグラスと受け取ると笑顔で

「いただきます。乾杯」

と石村のワイングラスに軽く当てた。

石村は会釈をして赤ワインを一口呑んだ。

リリーはビールをグビグビ呑んだ後に口を開いた。

「ねぇ。貴方は完璧主義だと思うの。

でもね、他の人たちは完璧なんて求めてないのよ。

普通でいいの。

完璧ってこと自体、人の主観だと思わない?

だから、貴方の思う通りに人はやってはくれないの。

始めからそう解っていたらイライラもする必要ないと思わない?」

リリーは言った後に新しいタバコに火を付けた。

「私が完璧主義?

・・・そうかもしれません。

でも、皆んな完璧を目指すのが普通ですよね?

始めから50%なんて思いませんよね?

そんなの可笑しいですよね?

だって、誰だって完璧が良いに決まってますよね?

リリーさん、私の言ってる意味って可笑しいですか?」

石村は少しまくし立てる様に言った。

リリーは想定内であっても目元が寂しそうに見えた…

「可笑しくないと思いますよ。

ただ、私は物事に対して60%主義です。

半分より上なら良し!って考えてます。

人に寄っては20%主義や30%主義もいます。

もちろん、貴方の様に完璧主義や80%主義の人も…

ただ、80%主義以上の人は自分の決めたルールに苦しめられている人が多いと客観的に感じています。

自分で自分を生きにくくさせてる人を今までに多く見て来ました。

貴方も同じ様な人に私には見えています」

リリーは淡々とした中に柔らかい音で話した。

石村は少し俯いた状態で黒い瞳を左右に動かしながら考えている。

そして、言葉が見つかっただろうタイミングで、ゆっくり口を開いた。

「私は仕事をする上で求められること以上で応えたいと常日頃から考えています。

なので、言われたことをそのままではなく、プラスで返したいと思っています。

もちろん、行動としても頭の中で3回転くらい考えて良いと思える行動をします。

だけど、皆んな何も考えてなさ過ぎて呆れてしまいます。

こう言っては何かもしれませんが、世の中の人ってバカしかいないのでしょうか?」

リリーはタバコの煙を上に向いて豪快に吐いた後に石村の顔を見て答えた。

「そうね。

皆んなバカばっかりだと思うわ。

貴方は頭が良過ぎて大変そうよね…

全てをジャッジメントして生きるって楽しくなさそうだもの」

石村は一瞬、眉間にシワを寄せた後に答える。

「私、ディスられてます?」

リリーはピクリともせず真顔で答える。

「いいえ。

人と比べる人生って大変なんだろうなって心の声です。

完璧って何を持ってなのかしら?

誰と比べてるのかしら?

そして、それは誰のため?

自分で自分を生きにくい状態にしてるのではないかしら?」

石村は更に眉間にシワを寄せたまま答えた。

「私は誰とも比べたりしてないわ。

私がきちんとしないと気持ち悪いの」

「きちんとって…

不確かな表現だけど、貴方のきちんとって何かしら?」

リリーは真顔のまま聞く。

石村は少し苛ついた様子で

「きちんとはきちんとよ。

私はちゃんとしたいだけ。

何か問題あるかしら?」

早い口調で言い捨てた。

リリーは口元が笑ったままタバコを消して、石村をじっと見つめて言った。

「きちんとって基準は人それぞれだと思うの。

それを提案されても相手は理解しにくいわ。

もっと分かりやすい共通用語を使うことをお勧めするわ」

石村は不機嫌そうに

「きちんとで伝わらないってことですか?

きちんとはきちんとですよね?

オフィスの掃除を丸く掃除するのではなく四角く掃除することです。

そんなこといちいち言わなくちゃダメですか?」

リリーを睨みつける。

石村は四角四面で真面目な人なだけだ。

それは分かっている。

そうだとしても人の言ってる意味を理解しようとしないことが彼女をより生きにくくさせている。

ということを本人は全く理解していない。

リリーはニッコリ笑った後に

「で、貴方は何をしにココに来たのかしら?

自分が周りと上手くいかない理由を知りたくて来たのではないですか?

私が言っていることは周りの人が思っていることです。

貴方がどう思うかは自由ですが、ココに来た時間とお金を無駄にされるのは私としては悲しい出来事になるので…」

優しい音で言った。

石村は眉間にシワを寄せたまま少し俯いた後に口を開いた。

「私が悪いってことですよね?」

リリーは目を瞑り左右に首を振ってから石村を見つめた。

「誰もそんなことは思ってもないし言ってもないわ。

貴方は誰よりも一生懸命に仕事のことを考えて現場でどうあるべきかも考えてる。

その上で自分の思う様に動かない人に苛ついてる…

人って思う様になんて動かないのが普通なの。

誰も思う様になんて動かないの。

そこがスタンダードだと思えば苛立ちも少なくなると思うわよ」

石村はリリーに言われたことを黙って聞いていた。

そして

「私って自分の意見を押しつけていたってことでしょうか?」

ゆっくりと言った。

リリーはビールをひと口呑んで答える。

「押しつけていたのかもしれないわね。

悪気なくね。

良かれと思って…

ただ、貴方がそう考えて相手の意見を最後まで聞ける人になれたら道は大きく開くと思うわよ」

リリーは石村を見つめまま続けた。

「貴方は真面目なだけなのよ。

だから、肩の力を抜いて深呼吸して」

石村はワインを一気に呑み干してグラスをカウンターに音を立てて置いた。

「そんなこと出来てたらココになんて来ませんよ!

真面目なのは分かってます!

だったら皆んな言ってることをやればいいのに。

馬鹿な人ばっかりなの?

私の言ってることが間違ってますか?」

リリーは思いっきり呆れた顔でニッコリ笑った。

ずっと黙って聞いてたサトシの心の声が聞こえた…

『この人、自分のことばっかり…

ママの声は全く聞こえてなくて

自分の正義を当たり前の様に振りかざしてる…』

リリーはサトシの声が聞こえたのか

サトシをチラッと見た後に石村に向かって言った。

『貴方の人生だから、貴方が好きにするのが1番だと思うわ。

貴方の正義なんだから…』

石村は文句を言われた気分になったらしく

「ありがとうございました。

お勘定してください。

私は好きに生きます」

と吐き捨てて帰って行った…

今宵はココまで・・・