第59話ー男と猫しか愛せない

今宵の【Bar Siva】にはオーナーママのリリーの古くからの知り合いが来店している。

 

出来るボーイのサトシも初めての人である。

 

「懐かしいわね。もう何年ぶりとかも数えられないわ」

 

リリーが笑顔で言った。

 

それを笑顔で聞いている女性が大迫だ。

リリーが続ける。

 

「昔は色々あったわね」

 

「懐かしいけど思い出すのも嫌なのよね、私」

 

とても美しい顔立ちの彼女の口から飛び出す言葉に聞こえずにボーイのサトシが少し離れたところで立ったまま固まった。

 

リリーは口元に笑みを浮かべて

 

「そう言うだろうと思ってたわ」

 

と言うとタバコに火をつけた。

 

リリーは煙を横に向いて吐き出してから続ける。

 

「昔を思い出したくないのにココに来たのは何故かしら?

 

ストレートに聞いた方がいいでしょ?

 

まわりくどいのは柄じゃないから…」

 

「そうね…私、結婚したの。

 

親の薦めもあってお見合いして、大迫の婿に入ってくれる人。

 

彼は真面目な公務員でスラッとしていて背も高くて、とても優しい人なの。

 

昔の話はしてないの。

 

だから私の昔を知る人とは接点を持つつもりないの。

 

リリーに連絡も悩んだんだけど、いきなり現れても困るから…

 

私と連絡取れないとなったら皆んな、リリーに連絡するだろうから説明のために逢いに来たの」

 

大迫は真顔でリリーを見た。

 

「結婚したとは風の噂で聞いてたの。

 

幸せで何よりね。

 

皆んなに聞かれたら、それとなく話しておくわ」

 

リリーは優しく話した。

 

「リリーに逢えて良かったわ。色々とありがとね」

 

大迫は一刻も早く立ち去りたい様子で椅子から立ち上がって鞄を持った。

 

リリーは笑顔で

 

「お代はいらないわよ。結婚おめでとうございます。月並みな言葉だけど末永くお幸せにね」

 

言いながら右手を胸の前で小さく左右に振った。

 

「ありがとう。本当に勝手だけど、ありがとう。リリーも元気でね」

 

大迫は姿勢良く立ち、丁寧なお辞儀をして帰って行った。

 

カウンターの上を片付けながらサトシが口を開いた。

 

「知的美人って感じの方でしたね」

 

リリーは新しいタバコに火をつけて煙を吐きながら小刻みに数回頷いた。

 

「そうね。彼女は見たままの人よ。知的で美人で真っ直ぐな人」

 

「そんなに昔とギャップがあるのですか?」

 

サトシが素朴な質問をした。

 

リリーはタバコを持ってる手をぐるぐると回して煙が天井へ昇っていくのを見つめながら答える。

 

「昔、彼女と私はチームを組んで仕事をしていたことがあるの。

 

チームの中には女性が多くてね、仲間として仕事をしていくのに彼女はチームの女性たちと見えない溝に悩まされていたの」

 

「へぇ。そんな風には見えないですね」

 

サトシがカウンターを片付け終えて言った。

 

「その見えない溝は彼女自身が作っていた物なのだけど、なかなか彼女は認めれなくてね…

 

結論から言うと、その当時から彼女は男と自分が飼ってる猫しか愛せなかったの」

 

「女性に人気がないってことですか?」

 

サトシがストレートに聞いてきた。

 

「そうね。知的で美人だから同性のファンも出来るのだけど…

 

自分とお客様の距離は取れても、同僚の同性との距離感がつかめなくて苦労してたわ」

 

そう言うとリリーはタバコを深く吸った。

 

サトシは厨房へ入ると新しいビールを持って出て来た。

 

「ありがとう。さすがサトシね」

 

リリーが微笑んだ。

軽く会釈をしながらサトシが質問した。

 

「先程の女性は結局何をしに来られたのでしょうか?」

 

リリーはビールを呑んでたグラスをカウンターに置いて答える。

 

「単純なことよ。昔の自分と決別しに来ただけよ」

 

「それって、わざわざ切る必要あるのでしょうか?」

 

サトシは素直に湧いてきた質問をした。

 

「普通なら無いのかもしれないわね…

 

でも彼女は昔の自分を汚点だと思ってるのよ。

 

だから、新しく前を向いて進むのに別れが必要だったのよ」

 

リリーはカウンターに置いてあるビールのグラスを握ったまま伏し目がちで言った。

 

「女心は僕には分かりません」

 

サトシがそう言うと両手で万歳を軽くした。

 

リリーは横目でそれを見て微笑んで

 

「彼女は自分の彼と飼ってる猫しか愛せないけど、愛情はわがままでもタップリある人よ。

 

子供が出来たら愛せる人だと思うわ。

 

だから友達が必要ないのよ…

 

煩わしいだけなのよ…

 

それはそれで潔くて私は好きよ」

 

そう言うとフィルターまで燃えそうなタバコを消した…

 

そして新しいタバコに火をつけて

 

ゆっくり吸った。

「ママ、寂しいのですか?」

 

サトシがリリーの顔を覗き込む様に言った。

 

「そうね…

 

そうかもしれないわね」

 

とリリーは答えた後に心の声が聞こえる…

 

『あれだけ色んなことしてたら忘れたくもなるわよね…』

 

リリーは彼女の昔を思い出してサトシには見えない角度で小悪魔的な微笑みを見せた…

 

今宵はココまで…