第1話ー妻の急死

今日も定刻通りに【Bar Siva】は19時に開店して

リリーは予約1番目の客を迎え入れた。

「ようこそ。お飲み物は何をご希望かしら?」

その男は
「ウイスキー水割りをください」
と小さな声で言った。

ボーイのサトシに水割りを頼んだ後に、リリーはおもむろに
「何が知りたいのかしら?」と男にたずねた。

その男の名前は畠山。
畠山は妻と喧嘩をして仕事を理由に家に帰ってなかった。

ひとり娘も大学で地方へ出ている。


妻と喧嘩した時に、仕事場で寝起きをするのは、いつものことである。
喧嘩をして2日目の朝、義理の母からの電話で目が覚めた。

妻が死んだ知らせだ。

寝起きの電話ということもあり、畠山はお義母さんの言っている言葉が理解出来なかった。
何も理解出来ないまま、自宅に向かった。

家に帰る道中、どうやって帰ったかの記憶もない。
畠山は自宅の玄関のドアの前にいた。

ドアを開ける勇気が見つからない。

佇んでいると中からドアが開いた。

知らない男性が出て来て
「畠山さんですね?」
と声をかけられて、畠山はゆっくり頷いた。

その男が我が家のドアを大きく開き、家の中へ招いてくれた。
不思議な感覚のまま、促されるままに畠山は家の中に入っていった。

寝室で・・・妻が寝ている。
寝ているかの様な死体に、畠山は戸惑いながら溢れてくる涙を拭うこともなく妻の頬に手を当てた。

つ、つめたい・・・

畠山は、鳴咽と涙と鼻水をおさえることも出来ずに、その場に崩れていった。

その映像を、リリーは黙って受け取りながら低い声で聞いた。

「あなたは何が聞きたいの?」

畠山は震えた声で
「妻は・・・妻は最後に何を思ったのでしょうか?」
「妻は幸せだったのでしょうか?」

「僕を恨んでないでしょうか?」
「僕は、妻に何をしてあげればいいのでしょうか?」

妻の死因は脳溢血だった。
1人で寝る寝室で異変を気付いてくれる人はいない。

 

僕が側に居たら?
妻は助かったかもしれない。
畠山は後悔しかしていない。

もし喧嘩などしてなかったら?

妻の思い


そんなことに思いをはせている畠山を、真正面から見つめていたリリーは

「奥様の顔、ちゃんと見た?」


「・・・見ました」

「あんなに微笑んでいたのに、幸せだったとは思わないの?」

畠山は大きな目をキョロキョロしながら
「妻は、幸せだったのですか?」

リリーは小さなため息をついた後に
「タバコいいかしら?・・・それと、ビールも飲ませてもらっていい?」
リリーは畠山の返事の前にタバコに火をつけた。

リリーは、ゆっくりとタバコの煙をくゆらして、サトシが運んできたビールを一口呑んだ。

「ねぇ、あなた、奥様に甘えすぎてたわよね?」

「・・・」

「いいのよ。それで。」

「ど、どう言う意味です?」

「奥様は、それを含めてあなたを愛していたのよ」

「・・・グスッ」

「オランダ村へ行く予定だったの?」

畠山は、ひどく驚いた!
オランダ村へ行く話は誰にも話してないからだ。
なぜ知っているのか聞きたい気持ちをぬぐい答えた。

「・・・妻は写真が趣味で、チューリップの写真を撮りたいって話になっていたので、次に休みを取れる時にオランダ村に行こうって話をしたのはしました」

「そうなのね。彼女は、それが出来なかったことが心残りみたいよ」

畠山は、やっと出された水割りを1口飲んだ。

「では、僕はオランダ村に行けばいいんですか?」

リリーはタバコを深くはきだして
「49日までに行けば一緒に行くことになるわ。連れてってあげたら?」

「はい!そうします」

「でもね、49日済んだら、引きずるのはやめなさい!奥様が成仏しにくくなるから、いい?わかった?」

「・・・わかりました。ありがとうございます」

「ちなみに今も奥様、心配して、あなたの側にいるから、落ち込まず、側にいる奥様に話したいことを話してスッキリしてね」

・・・

畠山は少し元気を取り戻し、店を後にした。