第3話ー疑惑の夫

裏切りの予感

店のドアが開いて、すごい剣幕の女が入って来た。

カウンターに音を立てながら座ると
その女は言った。
「あなたがリリーさん?」

リリーは静かに
「はい。私がリリーですが、ご予約の方かしら?」

「はい。はじめまして。私は片岡と言います。ご予約させていただいたのは私の今後のことを御相談したくて・・・」
片岡は淡々と話した。

リリーは微笑みながら
「ようこそ、片岡さん。まず、お飲み物は何になさいますか?」
とたずねた。

片岡は即座に
「ウーロン茶をください」
と答えた。

リリーはサトシに目配せをしながら
「私、ビールをいただいてもよろしいかしら?」
柔らかい声で聞いた。

「どうぞ、いくらでも呑んでください」
片岡は真顔で答えた。

サトシがウーロン茶とビールを運んで来て
リリーが切り出した。
「浮気の話?」



片岡は少し驚いたが続けて
「やっぱり、うちの人は浮気をしているのですね!」
強い口調で言った。

リリーはビールをグビっと呑んで
「やっぱりって、どういうことですか?」
とたずねた。

片岡は少しイラつきながら
「あの人は浮気をしてるに違いないんです!

そうに違いない!

だって、帰るのも遅くなったし、休日出勤も増えたし、ゴルフにも行く様になったんですよ?!おかしくないですか?

今までと違って家にいる時間が少なくなったんです!

おかしいに決まってます」

まくしたてて話す片岡を見つめてリリーは
「で?あなたは旦那様が浮気をしてると思うの?」
と冷静にたずねた。

片岡は興奮気味な声で
「そうです。

浮気をしているのが見えるなら、それでいいんです。

別れる理由が明確になるだけです。それでいいんです。

だって、私は必要ないってことですよね?

でも、私は1人で生きていく勇気も自信もないので彼と話し合いをして、どうにかしてもらうつもりです。

だって、おかしいでしょ?浮気してるんだから!」

まくし立てる片岡にリリーは
「ご主人、浮気されてませんよ」
と一言。

「そんなことないですよね?浮気してない人の動きじゃないと思います。霊視出来ないんですか?」

リリーは片岡の目を、じっと見つめて
「ご主人、浮気されてませんよ。疑っているのは、あなた!

あなたが疑うから全てがいかがわしく見えているだけです

片岡は唖然として
「しゅ、主人は浮気してないんですか?」
とゆっくりたずねてきた。

リリーは
「ねぇ、片岡さん、あなたはご主人が大好きなんですね。

だから、ご主人が浮気したって思えるほどの疑いを持ってしまうんです。

あなた、ご主人が帰って来たくなる家を作ってますか?」
片岡にたずねた。

片岡は戸惑いながら
「帰って来たくなる家?・・・

それって、どういうことですか?」
頭の中を整理するかの様に訊ね返した。

リリーは
「あなたが疑うから全てが怪しく見えるのよ!

あなたが浮気したという目で見るから、そう見えるの!

彼が居心地の良い場所を作れば彼は早く帰って来るんじゃないかしら?

あなたは彼が働いて家にお金を入れてくれていることを当たり前って思ってない?違う?・・・

それって当たり前じゃないのよ!そこだけは分かって!」
と力説した。

片岡は、その力説を聞いて
「浮気してないんですか?

わたしの疑心から生まれてるってことなんですか?・・・

それは・・・いや、だって、

動きが変で家にいる時間が少なくなったのは明らかなんです」

納得できない様子だ。

リリーは片岡の顔を覗き込んで
「あなた、ご主人にありがとうって言ってる?」
少し強めにきいた。

片岡は目をそらし
「言ってないです」
と言い、リリーを見つめ返して来た。
「あの人だって、ありがとうなんて言ってくれたことなんてありません!

私が掃除したり、洗濯したり、料理したりするのが当たり前なんですよ!」
自分で話しながら、どんどん腹が立ってきているのが伝わる。

リリーはタバコに火をつけた。
「ねぇ、あなたはご主人とどうなりたいの?」
優しいトーンできいた。

「主人とどうなりたいか?・・・って?」
突然の質問に困惑する片岡。

リリーが続けた。
「愛し愛されてラブラブな関係になりたい?

それとも、会うたび苛々して小言を言ってしまう関係?・・・まさに今、あなたはご主人に毎日の様に文句や小言を言ってないかしら?」

片岡はうつむき黙ってしまった。
リリーは
「毎日毎日、仕事で疲れて帰るたびに嫁さんに小言を言われたい?

癒されたい。疲れを取りたいのにブツブツ言われたい?

そんな家に帰りたいとあなたは思う?」
たたみかける様に言った。

リリーは続けて
「ねぇ。どう思う?あなたはどう思うの?

帰ってきて笑顔で、お帰りなさいって言われたいと思わないの?」
言いながら片岡の顔を覗き込む。

片岡はゆっくりと顔をあげた。
「本当ですよね。主人に悪いことをしちゃったわ。私・・・私、帰って主人の好きなビーフストロガノフ作りたい・・・作って、笑顔で、お帰りって言いたいです」

リリーは微笑んだ。
「旦那様に感謝と労いの言葉を言ってあげて。

とっても大切なことなのよ。わかった?

疑う気持ちは自分の中にあるのよ。素直にね」

リリーの言葉を聞いて片岡は落ち着いた。
そしてウーロン茶を飲んで
「帰ります。自分の愚かさに恥ずかしく思ってます。浮気だと信じて疑ってませんでした。うふふ・・・ありがとうございます」

そう言って片岡は帰って行った。

サトシが片付けながらきく。
「あの人のご主人は本当に浮気されてなかったんですか?」

リリーはタバコに火をつけながら
「浮気してるけど?」
煙をくゆらす。

サトシが
「え?嘘をついたのですか?」
驚いたままたずねた。

リリーは大きくタバコを吸って
「嘘って何?」
質問をした。

「だって事実じゃないことを片岡さんに教えたんですよね?」
サトシがカウンターを拭きながらきく。

変化した未来


「ねぇ。ここに来る人たちは、どうなりたいんだと思う?・・・事実を知りたいの?」


リリーはタバコを吸いながら続けた。


「今の女性に事実を伝えたら、どうなると思う?・・・

彼女はヒステリーをおこして、家に帰るなりご主人にキーキー詰め寄るわ。

そして家庭は崩壊。

ご主人もうんざりして離婚への道に向かうのよ。

でもね、彼女は1人で生きていけないから離婚しないのよ。

離婚せずに、グズグズ言いながら愛が冷めていく家庭に生きていくために縛られるの。


そんなことが見えているのに事実を伝えるの?」

話を聞きながら驚きを隠せないサトシは
「そんなことまで見えるのですか?・・・

だとしたら、事実を伝えなかった今後は、どうなって行くんですか?

彼女の未来は変わったってことですよね?
素直に質問した。

「今の女性はスーパーに寄って買い物をして帰ってから、鼻唄歌いながらビーフストロガノフを作るのよ。

そして帰宅したご主人に笑顔で、お帰りなさいって言って、ご主人が驚くの。

今日から彼女はニコニコしながらご主人に感謝の言葉を伝える様になるの」

「小言から感謝に変わるんですか?」

「そう!彼女は、ご主人のことが好きだから気になってグズグズ言ってたのよ。

だからこそ、笑顔でご主人を迎える努力をするの。

そうしているうちに、ご主人が浮気していることに心苦しくなってきて・・・家に帰りたくなってきて・・・結果、清算して妻のところに戻るのよ。

めでたしめでたし・・・でしょ?」
リリーはタバコを消した。

「なんか幸せそうですね」
サトシは続けた。
「僕なんかが考えるより色んな考えが深いんですね」

リリーは再びタバコに火をつけながら
「事実が全てじゃないってことよね〜」
と微笑んだ。