第8話ー事実は墓までもっていく

予約の時間が迫るにつれて、リリーは気が進まなくなっている。

 

理由はわかっている。

 

今から来る人の相談内容が切ないのだ。

切ないというか、やるせない…

 

リリーはタバコに火をつけて、大きく息を吸った。

「ねぇー」

リリーが厨房のサトシに声をかけた。

「はい!今行きます」

返事とともにサトシがビールを持ってきた。

 

それを見たリリーは、口角を片方だけ上げて微笑んだ。

「よく分かったわね」

リリーはグラスを受け取りながら言った。

 

サトシは

「ママと一緒にいる時間が長くなると色んなものが開花するって、知り合った時に教えてもらいましたけど、本当にそうだと思います。

人の感情が見えるというか…勘が働くといいますか、特にママの感情は分かります」

と少し得意げに言った。

 

リリーはビールを呑みながらグラス越しにサトシの顔を見ていた。

 

リリーがサトシへ話す前に、お店のドアが開いた。

「いらっしゃいませ〜」

サトシが明るい声で言った。

 

その女性はツカツカと入って来て、リリーの前のカウンターの席に座った。

「ようこそ〜。御予約の方かしら?」

リリーが分かった上で聞いた。

 

「はい。予約しています、中下と申します。よろしくお願いいたします」

その女性、中下は丁寧に挨拶をした。

 

「何を飲まれますか?」

サトシがリリーの横からきいた。

 

「えーっと〜、カシスオレンジありますか?」

「ございます」

サトシが笑顔で答えた。

 

「じゃー、それで。リリーさんも呑んでください」

中下は、リリーに笑顔で話しかけた。

 

「ありがとうございます。ビールいただきますわ」

リリーがサトシへ目配せをした後に

「今日は、何を知りたくて来られたのかしら?」

いつもより丁寧にきいた。

 

中下は大きく深呼吸を1度してから、ゆっくりと話し出した。

 

「私、3ヶ月前に離婚しました。

理由は、教育方針の違いといいますか、

元の旦那とは育った環境が違い過ぎて、意見が全く合わなかったんです」

 

リリーは黙って視線で話を促す様に頷いた。

中下は続けて話す。

 

「元旦那は離婚を嫌がったんですが、

私の気持ちが壊れそうだということで、離婚を承諾してくれました。

 

あ、私、心療内科へ通ってるんです。

元旦那にも付き添ってもらったりしてました。

でも、離婚して、今は、病院へ行かなくても安定してます」

 

「ストレスが無くなったってことかしら?」

リリーが口を挟んだ。

 

「はい。そうだと思います。元旦那といると息苦しかったんです。リラックス出来ないというか…」

中下は昔を思い出す様な目線で言った。

 

「でも、病気になる原因を作ったのは、あなた自身よね?」

リリーが冷ややかに言った。

 

「えっ?!どういう意味ですか?」

中下は少し怯えた様にきいた。

 

「どういう意味って、あなた自身は分かってると思うけど…

だって、真実を知ってる人は、あなたと今の彼氏と私だけじゃない?」

 

リリーは中下を、ジッと見つめながら言った。

 

中下は一瞬固まって、目をパチパチさせて

「なぜ、わかったのですか?…

…そんなことまで視えるのですか?」

恐る恐る、きいた。

 

「そうね…知らなくてもいいことよね。

今回のケースで言うと、あなた自身が発信している映像を私がキャッチしちゃったってところかしら?」

リリーは溜息まじりで答えた。

 

「で、本題は再婚のことかしら?」

リリーは続けて質問した。

 

「はい。今の彼に結婚して欲しいと言われています。

離婚して半年は女性は再婚出来ないから、結婚出来る様になったら即、入籍しようと何度も言われます。」

中下は淡々と話した。

 

「あなた、結婚は嫌なんでしょう?そう言えば良いじゃない?」

 

「迷ってます。

彼は優しい人ですし、下の息子の実の…でもありますし…

 

でも、元旦那には感謝してますし、今でも良くしてくれています。

私が再婚するとなると、今みたいに子供たちと会うのは難しくなると思うんです」

中下は無表情に話した。

 

「あなたの中で答えが出てるのに何を悩むの?

ご主人とは、息子のことがあるから一緒に暮らしていることに心苦しくなったのでしょう?

かと言って、その時から、お付き合いされてる今の彼氏と結婚しても気は休まらないわよね?

…墓まで持っていく気あるの?」

リリーは強い口調できいた。

 

「墓まで持っていくべきですよね?」

中下は小さい声で言った。

 

「あなたは話せば楽になるかもしれないわ。

でも、たくさんの人が傷付くわ。

なかでも1番傷付くのは息子さんじゃない?あんなにパパが大好きなのに…」

リリーの胸がギュッとなる。

 

中下は潤んだ瞳で

「私、元旦那が愛してくれてない様な気がしてて、ずっと寂しかったんです。

素っ気ない態度を取られてる気がして、もっと構って欲しかった…

 

単に、愛してるとか、可愛いねとか、好きだよとか私に向かって言って欲しかっただけなんです…

 

そんな時に彼に出逢って、連絡先交換して、メル友くらいで良かったんです。

構ってもらえてて、私の存在価値を彼がくれてて…」

 

大粒の涙が頬をつたった。

 

中下は涙を拭くこともせず続けた。

「わかってるんです…私の勝手だってこと。

彼と一線を超えた時、もう止められなくなってしまって…

回数を重ねていくうちに、アレ?っていう日があって…

妊娠したかも?って時があって、とっても慌てました」

 

「焦った結果、ご主人とも既成事実を作ったのよね?」

 

運ばれてきていたビールグラスの水滴を指で撫でながらリリーは言った。

 

「はい。怖くなってしまって。もし、本当に妊娠していたら、旦那と関係がないと辻褄があわないと思って…」

中下は震える声で答えた。

 

「でも、あなたは根っからの悪党じゃないのよ。

だから、妊娠してから離婚する日まで、悩み続けたんでしょ?

心療内科の先生にも本当のことは言えないし、でも、彼と別れる勇気もない!

その上、彼は自分の子供だと気がついた」

 

リリーは、そう言うとビールグラスを中下へ向けて軽く会釈をして、口をつけた。

 

中下も会釈を返して口を開いた。

「そうなんです。

彼は大喜びで、離婚して俺のところへ来て欲しいと何度も何度も言ってくれます。

もちろん、上の子も自分の子供として可愛がると張り切ってくれてます」

 

リリーはタバコに火をつけた。

「タバコ失礼するわ。辛くなっちゃって…

今から話すことは、あくまでも私からの提案。

どうするかは、あなたの人生だから自分で決めて。いい?」

 

中下はキッとした表情になって小さく頷いた。

 

リリーはタバコを大きく吸って上に向いて煙を吐いた。

 

そして口を開いた。

 

「まず1つ目、今の彼と別れて、真っさらからやり直す。

ご主人は経済的に裕福で今も生活費と養育費をくれてるんじゃない?」

 

中下は黙ったまま何度も頷く。

 

「わざわざ誰かと結婚する必要はないってことなのよ。

だから、あなたしか真実を知らない状況で、たまにご主人、元旦那さんと会って、その時間をやり過ごす。

 

悪気なんて感じる必要もない!その時間を楽しめばいいと思うの。それが1つ目ね」

 

リリーはビールをひと口、グビッと呑んだ。

続けて話す。

 

「2つ目は、今の彼氏と結婚する。

ただし!離婚から2年以上はあけて欲しい。

それより前の結婚は事実が明るみになる確率が上がるから、大きな修羅場になるわ。

ご主人に知られることは絶対にあってはならないと思うの。わかるわよね?」

 

中下は頷きながら唾を飲み込んだ。

「最後に3つ目の提案ね。

それは、あなたが自立して1人で子供を育てるの。

もちろん、自立出来るまで、ご主人から援助は、もらってもいいと思うわ。

そして、今の彼とも清算して、新しい出会いを求めるの。

何も知らない誰も知らない。そして、あなたは自立して強くなるの!…どうかしら?」

 

リリーは言い終えた後にタバコを吸う。

 

中下は黙って聞いていたが、やっと口を開いた。

「考えてみます。

今の彼と一緒になるのは本当に有難いけど乗り気にはなれないんです。

なんだか、自分ばっかりって感じてしまうんです。

元旦那を裏切って、生活までみてもらっていて、それでいて乗り換えるなんて、

私の気持ちが付いて行かないんです」

 

ん?

世の中には乗り換えプランを前面に考える女性もいる中で…真面目に感じてしまう

 

ん?

とはいえ

浮気して、その男の子供をご主人の子供として産み育ててる時点で真面目ではないのだが…

 

話を元に戻そう。

 

リリーは柔らかい表情で話し出した。

 

「あなたのした事は変えれない。

けど、あなたは、それを受け止めて苦しんでいる。

その上で、それに向き合おうとしている。

だから、自分で自分を赦してあげる必要があると思うわ。

息子に罪はないし、この世に生を受けて産まれて来たわけだから、祝いましょう〜」

 

中下は気持ちの糸が切れたかの様に、カウンターに顔を伏せて声を上げ泣き崩れた。

・・・

後日、風の便りで彼女が自立に向けて奮闘していると聞いたのは桜の咲く頃である。