第11話ー誰も聞かない話

毎晩、いろんな人が、この店にやって来る。

【Bar Siva】の開店時間は19時だが、この人の予約は毎回18時。

18時から1時間と決まっているのだ。

今日も時間ピッタリに特別予約のおばあさんが店に入って来た。

「いらっしゃいませ」

ボーイのサトシが爽やかな笑顔で迎え入れた。

「予約している川崎です。いつもお世話になっております」

そのおばあさんは深々と頭を下げた。

リリーは笑顔で

「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりですわ。お掛けになってください」

優しいトーンの声で言った。

そのおばあさん、川崎は、リリーの目の前のカウンターに座ると、菓子折りを出した。

「お土産でございます。皆さまで食べてください」

毎度見慣れた光景にサトシは、ひと通り終わるのを待って口を挟んだ。

「川崎様、いつものお紅茶で、よろしいでしょうか?」

「覚えてくださってて嬉しいわ〜。もちろんそれで大丈夫ですよ。

先生にもビールをお願いするわ。あなたも呑んでね」

川崎は眼鏡を触りながら答えた。

リリーとサトシは目配せをして、サトシは厨房へ入った。

「その後、お変わりありませんか?」

リリーは、いつもよりゆっくりのペースで話しかけた。

川崎はカウンターに両手を、ちょこんと乗せてリリーを真っ直ぐに見つめて口を開いた。

「先生、私、先日、もう耐えれなくなって、

いっそ死んでしまった方が楽になれるのでは?って考えながら散歩してたら、踏切の前だったんです」

リリーは、黙ったままコクリと頷く。

川崎は続けて

「線路に飛び込んだらって、頭によぎって…」

話しながら瞳が潤んでいる。

リリーは川崎の顔を覗き込むと

「頭によぎって?」

優しく促した。

「突然、目の前に今みたいに、先生の顔が…ふわぁって浮かんだんです。

あっ!先生だって思った途端に我に返って、線路に飛び込むのを辞めたんです」

川崎は両手を合わせて、リリーを拝みながら続けた。

「先生が助けに来てくれたんだって…

死んだらダメだって…

いろんなものが込み上げて…その場で大泣きをしてしまいました…」

そう話しながら涙が頬をつたっている。

「私のことを思い出してくれて、嬉しいわ。

私が止めたというよりも、あなた自身があなたを護ったのね。

1番冷静にさせる象徴として私の顔だっただけよ」

リリーは、そう言うと様子を伺っていたサトシに合図した。

サトシは川崎のダージリンティーとビール2杯を運んで来た。

リリーは泣いてる川崎へ

「お紅茶が参りました。飲んで少し落ち着きませんこと?」

更に優しく話しかけた。

川崎はハンカチで涙を拭いながら何回も小さく頷いた。

リリーとサトシはビールグラスを片手に

「いただきまーす」

と言いながらエア乾杯をして、ビールを呑んだ。

そこから川崎は延々と

嫁の肩を持つ息子と、何をやっても気に喰わない嫁、

うるさくて品のない孫たちの愚痴を話し続けた。

リリーは途中、合いの手や相槌を入れるくらいで、ずっと聞いているだけだ。

予約終了の5分前に、やっとリリーが話し出した。

「少しは楽になったかしら?今回は、随分溜まってたみたいだけど…

踏切の件は、本当に生きててくれて良かったです!

生きていないと、人へ腹も立てられないからね」

「はい。先生、本当にありがとうございました。

いつも先生に助けられていて、私は何と御礼を言っていいものか…」

川崎は時計を見て

「もう時間ですね。私は帰ります。

また予約は連絡させていただきます。

本当にスッキリしました。ありがとうございます」

いつもの締めの言葉を言って席を立ち深々と頭を下げた。

リリーは胸の前で手のひらを川崎へ向けて小刻みに左右に振りながら

「ごきげんよう」

と見送りの言葉を言った。

川崎は会計を済ませて、ドアの前で、もう1度深々と頭を下げて帰って行った。

ドアが閉まって即座に、リリーはタバコに火をつけて

「ビールお願い」

サトシに言った。

サトシは毎度のパターンで分かっており、リリーから言われた直後にビールを運んで来た。

サトシはビールを手渡しながら

「いつも不思議なんですが、川崎様を占っているわけではないですよね?」

と質問した。

リリーは左手にビールグラス、右手にタバコを持ったまま

「占ってないわ。愚痴を聞いてるだけよ」

と言った後にため息をついた。

「愚痴を聞いてるだけで、鑑定料を払って帰るんですか?」

サトシは驚いた様に言った。

「それが彼女には必要な時間なのよ。

彼女は昔からコツコツと 家族のため、亡くなったご主人のため、息子のために働いてきたの。

ご主人が亡くなった後、頼りの息子はお嫁さんの言いなりで、

自分の家なのに居場所が無くなったのよ。

お金はあるのに誰も話を聞いてくれないの」

リリーはタバコをゆっくり吸った。

「なんだか寂しい話ですね」

サトシがカウンターを拭きながら言った。

「そうね…

本当は、みんなに必要とされるおばあちゃんに成りたかったのよ。

でもね、ついつい愚痴が先行して、愚痴ばっかり言う癖がついて、

後戻り出来なくなっちゃったのよ。

愛ある言葉をたくさん使っていれば今みたいにはなってないわ。

感謝の言葉を使って欲しいと、初めの頃、私が話してたの覚えてる?」

リリーがサトシにきいた。

「なんとなく、ですかね。もう、今のスタイルが定番みたいな感じになって長いので…」

「でしょ?昔は私も皆んなから愛されるおばあちゃんになって欲しいと思って話をしてたけど、

彼女の耳にも心にも届かなかったのよ…」

リリーはグラスの底を見つめながらビールを呑んだ。

「やっぱり切ないですよね」

サトシが唇をギュッと噛みしめた。

「彼女が決めた人生の最期を少しでも気楽に過ごせる様に出来るお手伝いは、これ以上はないわね」

リリーが結論を出した時

お店のドアが開いて次の予約の人が入って来た・・・