第35話ー幽体離脱

【Bar Siva】のオープン時間は夜の7時である。

ボーイのサトシは定刻前に準備を終了させて予約表の確認をしていた。

「ママ、本日のご予約の方は7時30分からになります。先に呑まれますか?」

オーナーママであるリリーはカウンターの中でスマホを触りながら答えた。

「お願いするわ」

リリーはメールチェックを終えるとタバコに火をつけて、ゆっくりと吸った。

サトシが厨房からビールを持って出て来て

リリーに手渡しながら口を開いた。

「そう言えば僕の友達が金縛りにあうらしく悩んで電話して来たんです。

それって、どうにかなるもんなのでしょうか?」

リリーはビールを受け取って直ぐに呑みながら、首を傾げた。

そしてビールグラスから口を離して

「どうにかって、どういう意味かしら?」

とだけ言うと再びビールを呑み始めた。

「どうにかっていうのは、金縛りにならなくて済む方法のことです」

サトシは真顔で答えた。

リリーはビールグラスをカウンターに置いて

「そうね。どの理由で金縛りになってるか?が問題よね」

とタバコを持ったまま腕組みをした。

「どの理由って、金縛りにあうのに種類があるのですか?」

サトシはキョトンとして尋ねた。

「あるわよ。金縛りって全てが霊体のせいだと思ってる人も多いわね。

だけど、体が疲れ過ぎてて緊張からくるのか、硬直する様なイメージで金縛りに似た状況になることもあるのよ」

「それって、疲労でなるってことですか?」

「ま、そんなところ。

それ以外にも人間の脳って神秘的で、思い込みや幻想みたいなものでも自分を金縛りにしてしまうことがあるみたいよ」

サトシは驚いて声も出ない。
リリーがお構いなしに続ける。

「だから、サトシの友達が何故、金縛りにあってるかを知る必要があるわよね。予約入ってるの?」

サトシはフリーズが少し溶けた喋り方で答える。

「いえ、まだそんな段階でもなくて…」

「あら?そうなの?ま、そのうち金縛りにあわなくなるんじゃないかしら?ねっ」

「はい。またご相談させてください」

サトシはそう言って丁寧にお辞儀をした。

「今の話で、ふと思い出したことがあるの。私が高校生の時だったと思うんだけど…
『幽体離脱』を初めてした時のこと」

「幽体離脱ですか?」
サトシは前のめりに聞いた。

「そう、あれはベッドで寝ていた時、急に金縛りになったの」

「金縛りですか?!」

「そう、金縛り。

それで、真っ直ぐ上を向いて寝ている私の左側から私の体を横に向かす様に押してきたの。

金縛りになってるから、私はされるがままだったわ」

「誰に押されてるんですか?」

「人の形というか、影が見えるの。

金縛りになってる時って目をつぶってるのに自分の真後ろまで見えることがあるの。

というか、部屋に置いてあるドレッサーの鏡に映る人影が私の体の向きを変えさせているのが見えたの。」

「ママのベッドの横にドレッサーがあったということですか?」

「そう。横に向けられ背中側に1人。私の両足首を抑えている人が1人」

「2人も居たのですか?」

「2人に抑えられてるのを見た瞬間、体がグワッとなって気が付いたら顔の真ん前、鼻が当たりそうな距離に天井があって、下を見たら自分がベッドに寝ている姿を見たわ」

リリーはタバコの灰を灰皿に落として続けた。

「幽体離脱をした後に自分の姿を見ることは良くない事だと後で知ったのだけど…

その時は何も分からずに自分の体から遠退く不安が先で、体に戻りたいと何回も呟いたわ。

と言っても、金縛りの最中だから声も出てないけどね」

って言ってクスッと笑った。

真顔で、じっと聞いていたサトシが口を開いた。

「それで、どうなったのですか?」

リリーはタバコを大きく吸って

「急にドンっと体を落とされて、自分の体にスッと入った後に、1度フワッと浮いて…

スローモーションで体に戻っていったわ」

一気に話した。

「それから、どうなったのですか?」

前のめりに質問した。

リリーはタバコを消しながら答える。

「金縛りは解けないまま、天井の隅に出来ていた小さな扉が開いていて…

天井いっぱいに飛んでいた無数の蛇が、その扉にスッと何回かに分けて入って行き、

足を抑えていた黒い影もスッと消え、続いて背中を抑えていた黒い影もスッと扉に入って行った。

その後…ゆっくりと小さな扉が閉まっていったの。

そして、パタンって扉が閉まった途端に金縛りから解放されたわ」

頷きながら聞いていたサトシが

「それは何の扉で黒い影は何なんですか?」

と、少し興奮気味に尋ねた。

リリーは新しいタバコに火を付けながら

「その時は全く意味が解らなかったの。

後々、霊媒師の孫と知り合って教えてもらったのだけど、先祖からの警告だったみたい」

と言った後、タバコの煙を上を向いて吐いた。

「先祖の警告って、どういう意味なのですか?」

サトシの好奇心は止まらない。

「その霊媒師の孫が言うには、その幽体離脱の後に事故にあったり大怪我はしてないか?って言われて。

思い出したら、交通事故に巻き込まれてるの」

「マジですか?」

「本当よ。友達が運転してる助手席に座っていて嫌な予感がしたの。

その当時、シートベルトを規制されてない頃だったのだけど、モヤっとしたから、シートベルトをつけたの。

そしたら、その途端に横から飛び出して来た車とぶつかったの」

サトシは思わず右手のひらで自分の口を塞いだ。

リリーはそのサトシをチラッと見て続けた。

「コマ送りでぶつかる瞬間を見た後に、

シートベルトをつけていてもフロントガラスに頭をぶつけて、

ぶつかった反動で右にハンドルを友達が切ったみたいで、立て続けに左側頭部を左のガラス窓に強打して気を失ったわ」

サトシは口から手を離し質問する。

「ママ、お怪我は?」

「軽い脳震とうを起してただけで無傷だったわ」

リリーは残りのビールを呑み干した。

「結局、先祖からの警告とは事故にあうって知らせていたのでしょうか?」

サトシは空になったグラスを受け取りながら質問した。

「そうだったらしい。

その1年後に意味を教えてもらったから警告が伝わってなかったんだけどね。

懐かしいこと思い出したわ〜」

リリーはそう言って笑った。

・・・

・・・

幽体離脱をして自分の体を見た時は

お気をつけてくださいませ…

今宵はココまで…