第40話ーリリーの祖母とアリス
今宵の【Bar Siva】は、ある意味で記念日になりそうな日だ。
オーナーママのリリーの実の娘である
"アリス"が来店する予定である。
ボーイのサトシは、いつもよりソワソワしている。
開店準備を全て終わらせて、リリーに声をかけた。
「ママ、看板点けますか?」
リリーはカウンターの中で目を瞑ったまま答える。
「いつも通りで良いわよ」
「かしこまりました」
そう言うとサトシは看板を点けた。
定刻の19時である。
時間に正確であるアリスがドアを開けて入って来た。
「いらっしゃいませ〜」
サトシの安定の爽やかな声が店内に響いた。
リリーはアリスに向かって 笑顔だが黙ったままで、カウンターの席を促した。
アリスは総レースの黒のシャツにハイウエストのタイトなロングスカートでフリルのある靴下とアンティーク調のローファー。
そのスタイルとギャップのあるリュックサックを背負っていた。
20歳とは思えない幼い顔つきに濃いブラウン系のメイク、カラーコンタクトで純日本人には見えない。
アリスはリュックサックを隣の席に置くと座りながら
「ジントニックください」
笑顔でサトシに向かって言った。
「アリス様、お久しぶりでございます。ジントニック、かしこまりました」
サトシは笑顔で言った後に、リリーと目配せをして厨房に入って行った。
リリーは、タバコに火をつけて、一息して口を開いた。
「珍しいわね。わざわざココに来るなんて、何事かしら?」
「なにもないよ。ただ来たかっただけ」
アリスは笑顔だが、クールに答えた。
「順調?」
「何が?」
「いろいろよ」
「何を持って順調か分からないけど、順調」
「そう、なら良かったわ」
リリーはタバコの煙を上に吐いた。
サトシが厨房から飲み物を持って出て来た。
「お待たせいたしました。アリス様、ジントニックでございます」
「ありがとうございます」
アリスはサトシにお礼を言った後に続けて言った。
「母さん、カンパーイ」
アリスは笑顔で自分のグラスを、リリーのグラスと軽く当てた。
リリーは軽く会釈をして、ビールを一口呑んだ。
「そう言えばアリス、最近チカラは暴走してないの?」
リリーがいきなり聞いた。
「してないわ。遮断しながら生きてるから」
アリスは淡々と答えた。
「そう、なら良かった。こればっかりは自分で、そのチカラとどういう付き合いをするか決めて向き合わないと部外者は何も出来ないからね」
リリーは優しく言った。
アリスは、ジントニックを一口呑んで質問をした。
「このチカラって遺伝って聞かされてるけど、皆んなあるの?」
リリーはビールを呑んでいたのをやめてグラスをカウンターに置いてから答えた。
「皆んなって、我が家の場合は女系に遺伝されてるみたい。むしろ、男性は産まれにくいし育ちにくいのかもしれないわ」
アリスはジントニックのグラスを両手で持ったまま質問した。
「あーちゃん達にもチカラあるの?」
リリーの姉の娘達のことだ。
「あるみたいだけど、あまり強いチカラの持ち主はいないと思うわ」
リリーはタバコを燻らしながら答えた。
アリスはジントニックをコクリと呑んで
「我が家だけ、そんなに強いの?」
素朴な質問をした。
リリーはタバコの煙を横に向けて吐いてから、アリスを真っ直ぐに見て答えた。
「それだけ恩恵を受けてるってことよ」
アリスは瞬きを数回した後に
「恩恵かもしれないけど、チビは大変だろうね。
いっぱいチカラをもらったからこその悩みに今、直面してるのだろうね。私も大変だったから…」
そう言って溜息をついた。
リリーはタバコを消しながら
「そうかもね。私も大変だった記憶があるもの…
だからこそ、本人でコントロールを覚えるしかないと解ってるの。遮断して生きていくとしてもね」
懐かしむ様に遠くを見つめて答えた。
突然、アリスは思い出したように聞いた。
「そう言えば、母さんのおばあちゃんは、どんな人だったの?その人もチカラがあったってことよね?」
「私の祖母?アリスの曽祖母のことかしら?」
「そう、ひいおばあちゃんのこと」
「おばあちゃんは今思えば変わってたわ。能力でいうと、お告げを受ける人だったと思う…
ただ、生きていない人も実は視えていたのだと思う。なのに、いつも隣や側に来ても無反応だった」
リリーはビールグラスの一点を見つめながら、その当時の祖母とのやり取りを思い浮かべて話していた。
アリスは不思議そうに聞く。
「なんで、ひいおばあちゃんは霊に出会っても無反応だったと思うの?」
リリーは祖母との映像を見ながら答える。
「戦争を経験してるから。だから人が亡くなる事に、いちいち反応していたら、正常ではいられなかったのだと…後になって気が付いたわ」
アリスは『あー』と無音で口を開き小さく頷いた。
リリーが続けて話す。
「すごい大変な時代を生きてきた人だった…
私がお母さんに置き去りにされた後、おばあちゃんの家で過ごす時間が多かったのだけど、
今思えば私の感情の色とかモヤが視えていたのかもしれない…」
「どういうこと?」
「私が本当に話しかけられたくない時は目の前にすら現れなかったから…
きっと、私が少しでも和らいだ時に声をかけてくれてたんだと思うの」
「すごい人だったんだね」
アリスがリリーの視ている映像を共有して、心の底から言った。
「60歳という若さでこの世を去ったけど、後20年生きてくれていたら私の人生も大きく違ったのかもしれないわ…」
リリーが微笑みながら言った後
リリーとアリスは目を合わせ
「ないね」
と同時に言って笑った…
アリスは笑いながら、ジントニックのグラスを見つめて
「母さんは、どこまで行っても母さんだから…
家を出て気が付いたんだ。
母さんのスタンスの凄さに。
話し合える関係で良かった。
ありがとう」
少し照れながら言った。
リリーは胸の奥が熱くなっていくのを感じながら微笑んだ。
ふと、厨房の前のサトシが泣きそうになっているのが目に入ってきて、リリーは笑った。
・・・
今宵はココまで・・・