第43話ー車の霊
今宵の【Bar Siva】のお客様は、オーナーママのリリーが通うカイロプラクティックの先生の所で会う男性だ。
その男性の名前は政岡。
政岡は不思議なことを色々言う人で、リリーとしては分野が違うので話を聞いていて面白い相手なのだ。
ボーイのサトシは開店準備を完了して
「ママ、開店します」
と言って看板の電気を点けた。
リリーはルーティンの様にタバコを吸いながら瞑想をカウンターの中の定位置でしていた。
今宵のリリーは群青色のシルクのドレスにゴールドのストール。
メイクも濃いブルーで独特の雰囲気をまとっている。
そこへ店のドアを開けて政岡が入って来た。
「いらっしゃいませ」
サトシが明るいトーンの声で言った。
政岡は強面の顔だが少し微笑みながら、リリーが右手で促す席へ座った。
サトシが笑顔で話しかける。
「政岡様、ようこそお越しくださいました。お飲み物は、おビールで宜しいでしょうか?」
「あぁ、3人で乾杯しよう」
「ありがとうございます。かしこまりました」
そう言うとサトシは厨房へ入って行った。
リリーはタバコを消して口を開いた。
「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです。今日は鑑定に来るわけは無いですよね?何かあったのですか?」
「話には聞いていたから1度は店に来てみようと思ってね」
政岡はぶっきら棒に言ったが
リリーには優しさが伝わっていた。
「わざわざありがとうございます。気にしてくださって嬉しいです」
「相変わらず繁盛してるんだろう?悩める子羊は多いよな」
政岡の冗談はわかりにくい。
政岡はポケットからタバコとライターを取り出した。
リリーは灰皿を出しながら話す。
「年々悩める人は増える一方ですね。病院へ行くと原因を見つけなきゃいけませんから。
そうなると病名がついて、薬が処方されます。
日本人は真面目な人が多い人種なので皆さん、薬を飲みます…」
それ以上は言わずに、リリーは政岡を見つめたまま1度頷いた。
リリーは政岡のタバコに火をつけてから
「医者とお薬のお話は、まっさんの得意分野でしたね」
と言ったところにサトシがビールを運んで来た。
「お待たせいたしました。政岡様、ビールでございます」
丁寧に政岡の前にビールを置いた。
リリーもビールを受け取って
「いただきます」
と言った後に3個のグラスを軽く当てた。
サトシが勢いよくビールを半分ほど呑んで、ビールが体の中を流れていくのを感じている動作のサトシを横目に、リリーは本題に入るべく口を開いた。
「まっさん、最近何かあったの?」
政岡はビールグラスを置いて、リリーを真っ直ぐに見た。
「今日、車ぶつけたくらいかな?何か視えてる?」
「まっさんの家の車?」
「そう、歳取ると三半規管が衰えるから駐車するにも線に沿って真っ直ぐ停めれなくなるんで、私もその類いなのかと考えてたところ」
リリーは政岡へ向けて軽く会釈をしながらタバコとライターを上げてみせ、断りをいれて火を付けた。
ゆっくり煙を吐いた後に
「その車で少し前に山間部へ行ったでしょ?
その山道の途中で拾っちゃったみたいですね」
リリーは一点を見つめて言った。
「山道って?どこのかな?」
政岡は顎を右手で触りながら考えている。
リリーは焦点を目の前の政岡に戻して口を開いた。
「山間部からの帰りに分かれ道があって、どちらを通っても家には帰れるけど、どちらが良いのか一瞬迷った場所がありますよね?あの辺りです」
「あー、良く知ってるね。一瞬迷ったけど王道の道を通って帰ったんだよ」
政岡は思い出せて安心した空気の中で、自分のタバコを消した。
「その車をぶつけたのは、軽く擦る程度かしら?」
リリーは率直に聞いた。
「車庫に入れるのに後ろにあるポールが見えてなくて軽くぶつけたんだよ」
「人が怪我してなくて何よりだけど、その車に着物で正座してる女性がいるから退いてもらいましょう」
「えっ?着物で正座?」
政岡は一瞬止まった。
リリーは動じることもなく話す。
「そうです。あの山道で周波数が合ってしまったのでしょうね。車の上に座ってるわ」
「どうやって退いてもらうんだ?遠隔?」
「遠隔だと微妙かしら?鶴田神社に行くか?塩撒きながら退いてって言うか?私が行くか?になりますね」
政岡は少し考えて言った。
「今度いつカイロへ行く予定なんだい?」
リリーはスマホでスケジュール表を確認しながら答える。
「明後日ですね」
政岡はすかさず言う。
「何時から?連れてってあげようか?」
リリーは薄っすらと笑みを浮かべて言う。
「午前中なので、その後ランチでもご馳走してくださいます?」
「もちろん。昼からコース料理でもご馳走するよ」
政岡は前のめりに答えた。
「そうと決まったら今宵もご馳走になります」
とリリーは笑顔で言った後にサトシへ合図した。
・・・
・・・
2日後の開店前…
ボーイのサトシが口を開いた。
「そう言えば、政岡様に今日お逢いされたのですか?」
「逢ったわよ」
「どうだったのですか?」
「車の上に正座してる人を連れて来てたわよ」
「それです。その着物で正座の人は成仏されたのですか?」
リリーがタバコに火をつけて
「成仏はしてないわよ。迷子だったみたい」
と言うと煙を上に向いて吐いた。
「ま、迷子ですか?」
サトシは食い気味に質問をした。
「そうなのよ。自分のもともと居た場所に帰りたいって言うから、まっさんが拾った場所に光のルートで案内して、車から離れてもらったわ。後は彼女本人の気持ちだからね」
「光のルートって何ですか?」
サトシは分からないワードはすぐに聞く。
「拾った場所に金色というか、光ビスを打って、そこから今の位置まで一気に戻ると光のラインが出来るの。ずっとは残らないけど目的地に霊体がたどり着くのには十分な案内だと思うわ」
「なるほど、スマホのナビのルート案内の線みたいな感じですね」
リリーが目を大きく見開いて数回頷いた。
・・・
車に異変を感じたら…?
何かを拾っているかもしれません。
御注意くださいませ。
今宵はココまで…