第44話ーくれくれ女

【Bar Siva】の開店時間は19時。

 

今宵も開店準備を終えたボーイのサトシが、オーナーママであるリリーに声をかける。

 

「ママ、5分前です。予約1番目はご新規で女性の上本様です。お先に飲まれますか?」

 

「後でいいわ」

 

「かしこまりました」

 

そう言うとサトシは厨房へ入った。

 

リリーはカウンターの定位置で瞑想している。

 

これから来る人たちの悩みや感情を映像で受け取るのだ。

 

これから来る上本の鑑定は…

 

鑑定ではない…

 

開店3分前だが店のドアが開いた。

 

「いらっしゃいませ」

 

厨房からサトシが看板を点けて出て来ながら言った。

 

「ようこそ、こちらへどうぞ」

 

リリーがカウンターの中から右手で席へ促しながら言った。

 

「初めまして。予約している上本と申します。よろしくお願いします」

 

その女性は丁寧に挨拶をしてから席に座った。

 

「いらっしゃいませ上本様、お飲み物は何になさいますか?」

 

出来るボーイのサトシは爽やかな笑顔で聞いた。

 

「メニューってありますか?」

 

「はい。こちらで御座います」

 

サトシは笑顔でスムーズに上本の前にメニューを出した。

 

あっ!?

 

メニューあったんだ…

 

それはさておき、上本はメニューを指差しながら

 

「モスコミュール下さい。それから、リリーさんにビールを」

 

とサトシの顔を見ながら注文した。

 

「かしこまりました」

 

サトシが軽く会釈して厨房へ入った。

 

リリーはストレートに聞いた。

 

「どなたに紹介されて来たのかしら?私に聞かずにビールを注文したから」

 

「はい。山田さんに教えてもらいました」

 

山田…

 

あの旦那を乗り換えようとしていた人だ。

 

「山田さんはお元気かしら?」

 

「はい。相変わらずお忙しくされてるみたいです」

 

「それは喜ばしいことですわ」

 

リリーは微笑んだ。

 

そこへサトシが厨房から飲み物を運んで来た。

 

「お待たせ致しました。モスコミュールでございます」

 

上本の前に置いた後、リリーにビールを手渡した。

 

「いただきます」

 

リリーは軽くビールグラスを上へ上げて、上本の顔を見ながら軽く会釈した。

 

リリーはビールをゴクゴク呑んで、カウンターにグラスを置くと本題に入った。

 

「何を聞きたくて予約されたのかしら?」

 

上本はカクテルグラスとコースターを右手で触ったまま伏し目がちで口を開いた。

 

「実は、好きな人といいますか、お付き合いをしている人がいるのですが、私はその人と結婚するでしょうか?」

 

「うーん。今のままなら無いわ」

 

「えっ?」

 

上本は期待していた言葉ではなかったので驚いて、リリーの顔を見た。

 

「無いのですか?」

 

上本の声は上擦っていた。

 

リリーは少し薄くした目をして答えた。

 

「今のままならね」

 

「どういうことですか?どうすれば結婚出来ますか?」

 

上本は前のめりに聞いた。

 

「彼の話を本当の意味で聞くことね」

 

リリーは言った後にタバコを軽く上本に見せて了承を得て火をつけた。

 

大きく息を吸って、ゆっくりと横へ向いて煙を吐いた。

 

その間に上本は

 

「私、彼の話を聞いてます。えっ?聞いてないですか?」

 

まだ前のめりに聞いてくる。

 

リリーは細く薄めたままの目で答えた。

 

「聞いてないわね」

 

上本は右手で自分の口を塞いで目を見開いた。

 

一呼吸置いて上本が聞く。

 

「私、そんなに彼の話を聞いてないのでしょうか?」

 

リリーはタバコを吸いながら既に上本の顔も見ずに答える。

 

「聞いてないわよ」

 

上本は納得がいかない。

 

「私は彼の話を聞いてると思ってました。

彼の方が私の話を全く聞いてくれないんです。

この前も私が話してる途中にスマホ触り出したりして喧嘩になりました。

でも、私は彼が好きだし結婚するのが普通だと思ってました。

結婚しないってことですよね?」

 

「今のままだと結婚しないわ」

 

リリーはウンザリしていた。

というより、予想通りだ。

 

上本は自分が欲しい言葉を【占い師】というカテゴリーの人間に言って欲しいだけなのだ。

 

上本は続けて聞く。

 

「今のままだと結婚しないのなら、どうなったら結婚するのですか?」

 

リリーの頭の中で

「それさっきと同じ質問」

という言葉とため息が流れる。

 

ひと息ついてリリーは口を開いた。

 

「ねぇ、あなた、どうなりたいの?」

 

上本はキョトンとした顔で答える。

 

「どうなりたいとは、どういう意味でしょうか?」

 

「言葉のままよ。あなたは、どうなりたいの?」

 

上本は目をキョロキョロさせて考えてから答えた。

 

「け、結婚したいです。彼と」

 

リリーは真っ直ぐに上本の目を見て言う。

 

「だとしたら、今のあなたでは無理よ。自分を変えてでも結婚したいの?」

 

リリーの真っ直ぐな目を逸らす事が出来ずに見つめたまま上本が答える。

 

「はい…」

 

「だとしたら、あなたのその自分軸な考えを捨てることね」

 

「自分軸ですか?」

 

「そうね。あなたの頭の中には、彼は話を聞いてくれない。

私の事を分かってくれない。

私を見てくれない。

思うことをやってくれない。

してくれない。

そんな事ばかり考えてないかしら?」

 

「えー?そんな事ないとは思いますが、そうなのでしょうか?」

 

「気が付いてないことが重症なのよ」

 

リリーは呆れた様に言った。

 

「えー?私、そんなに自分の事しか考えてないのでしょうか?」

 

上本は納得がいってない。

 

「あなた、結婚を誰としたいの?その彼?それとも結婚を自分の都合に合わせてくれる人?」

 

「それは、彼ですけど…言う通りにしてくれるなら尚嬉しいです」

 

上本の返事を聞いて、リリーは無駄だと悟った。

「あなたは全てを『くれくれ言ってる女』ね。それだと人は与えてくれないわ。

まずは自分から与えなきゃ…」

 

リリーは諦めを通り越して優しいトーンで言った。

 

上本はモスコミュールを飲み干して

 

「同じもの下さい。リリーさんにも」

 

とサトシに向かって言った。

 

「かしこまりました」

 

サトシは出来るボーイ代表だから、こんな状況でも取り乱さない。

 

リリーは想定内の上本の行動にピクリともしない。

 

リリーがタバコを消して改めて言う。

 

「あなたがして欲しい事を先に彼にしてあげて。そうすれば彼との結婚も0ではないわ」

 

上本はリリーに向かって前のめりに言う。

 

「やってみます。彼の話を聞く様に頑張ります」

 

そこへサトシが新しい飲み物を運んで来た。

 

リリーは先を見据えた上で

 

「あなたの新しい人生の第1歩に乾杯」

 

と言って口元だけ笑ってみせた。

 

・・・

 

・・・

 

後日…

 

上本は彼と別れたとメールをもらった。

 

与える前に、してもらえてないものを数えると

この結果は当然だ。

 

類友だろうか?

 

山田も上本も…

 

・・・

 

くわばら…くわばら…