第45話ー幽体離脱・番外編~小堀さん

【BarSiva】の開店時間より1時間以上前にボーイのサトシは出勤します。

 

お店の準備には色々あります。

 

掃除はもちろんですが、乾き物の注文やお酒の確認、予約の確認もあります。

 

出来るボーイ代表のサトシは卒なく仕事をします。


 

今日も小堀酒店のオーナーが注文の品を配達に来た時に製品の確認と少しの立ち話をする。

 

その時にサトシがリリーに教えてもらった金縛りの種類があることと、幽体離脱の話をした。

 

「ママが幽体離脱したことがあるって聞いて驚いたんです。しかも、幽体離脱して自分を見たら事故や怪我に注意しろってのもビックリでした」

 

サトシは少し得意げに話していた。

 

小堀さんは相変わらず無表情なままに思えたが

一瞬眼鏡のレンズ越しに眼の奥が光った。

 

そして、小堀さんは口を開いた。

 

「僕が高校3年生の春に初めて幽体離脱を経験したのを思い出しました。

忘れもしません。

中間試験当日の朝、自転車で校門の前での出来事でした」

 

小堀さんは遠くを見ながら当時を思い出している様に見える。

 

サトシは黙ったまま頷いて聞いている。

 

小堀さんは続けた。

 

「自転車の前輪に鞄が挟まった瞬間に、後輪が宙に浮いて前のめりになって

次の瞬間、頭から真っ逆さまに地面に激突しました。

なのに、自分自身のビジュアルイメージとしては、そのまま立ちすくんでる。

宙に舞う自転車と360度、自分の後ろの風景まで全て、ゆっくりだけど確実に、コマ送りの様に鮮明に見えたのを覚えてます。

ちなみに自転車の後輪が浮いた状態を技でいうとジャックナイフって言うんです」

 

小堀さんの独特な表現にサトシは、その現場を一生懸命想像しながら聞いていた。

 

小堀さんはまだまだ続ける。

 

「あっ、と思った途端に地面に顔がめり込んでいる自分がいた。

もちろん、すごい激痛がして試験どころではないから保健室に運ばれたのに何故か試験が全て終わるまで病院にも連れて行ってもらえず、痛み止めを飲まされて寝てました。

あの時すぐに病院に行ってたら顔の傷も残らなかったのにとお医者さんに言われるし、前歯は1本折れて、1本は脱臼。

今でも差し歯ですし…

あれは本当に酷かった」

 

サトシは小堀さんの話を聞きながら痛そうで顔をしかめていたが、ようやく質問した。

 

「その時、金縛りになってる状態なのでしょうか?」

 

「金縛りになってないです」

 

「えっ?金縛り無しで幽体離脱ですか?」

 

「そうなります」

 

サトシは目をクリクリさせながら質問を続ける。

 

「では、地面にぶつかった衝撃で体から抜けたのでしょうか?」

 

小堀さんは目を右斜め上にあげると当時を思い出そうとした。

 

「その地面に激突した時の記憶が飛んでるんです」

 

サトシはクリクリの目を更にクリクリさせながら聞く。

 

「それって衝撃が大き過ぎるのと痛みに耐えれなくて記憶を無くすケースでしょうか?」

 

小堀さんは首を傾げながら答える。

 

「どうしてなのかは分かりませんが脳が揺れたのかもしれません」

 

サトシは好奇心が止まらない。

 

「それが人生で初めての幽体離脱ですよね?」

 

「そうなります」

 

小堀さんは無表情で答えた。

 

「では、そこから何度も幽体離脱を経験されてるってことですよね?」

 

サトシの口調と鼓動が上がる。

 

「何度も経験してます」

 

小堀さんは無表情のまま重ねて答えた。

 

「他にどんな幽体離脱されたのですか?」

 

「学生の時にアルバイトでトラックに乗ってた時に、休憩時間中に昼寝しようとしていたら急にトラックの天井をすり抜けて、あっと言う間に日本列島が下に見えるところまで行って、次の瞬間急降下して猛スピードで自分の体のところまで戻って来て、ぶつかる前にフワッとしてから体に戻ったっていう経験は何回もあります」

 

サトシの興味は増すばかりで間髪入れずに質問をする。

 

「今でも幽体離脱することあるんですか?」

 

「今は無いです」

 

「いつまでありました?」

 

「んー、32歳からは覚えがない」

 

サトシは質問も出来る男の証明の様なことを聞く。

 

「それって御結婚されたとか環境の変化が切っ掛けでしょうか?」

 

小堀さんは少し考えて答える。

 

「結婚してからは幽体離脱は無いです」

 

「ほぉ〜。とても興味深いです。環境の変化と幽体離脱は関係あるのでしょうか?」

 

小堀さんは顎を右手で触りながら、考える人のポーズみたいなまま答える。

 

「因果関係は私には分かりませんが、無いとも言い切れません」

 

サトシの興味はつきないが、お店の時計が目に飛び込んで来た。

 

「あっ!ヤバイ!小堀さん、すみません。ママが来る前に準備しとかないと…

ありがとうございました。また聞かせてください」

 

サトシは大きな声で慌ただしく言った。

 

小堀さんも配達の途中を思い出して

 

「本当です。こちらこそ、ありがとうございました」

 

こちらも慌ただしく店を後にした…

 

・・・

 

・・・

 

今宵はオーナーママのリリーが出勤前のお話でした。

 

【Bar Siva】定刻の19時に開店します…