第48話ー先住者

「お疲れ様でした」

 

【Bar Siva】のボーイのサトシはオーナーママであるリリーに向かって笑顔で言った。

 

「お疲れ様。悪いけどもう1杯もらえるかしら?サトシもどう?」

 

リリーはそう言うとカウンターの席に座った。

 

「かしこまりました」

 

サトシは爽やかに答えると厨房へ入った。

 

リリーはタバコに火をつけて深く吸った。

自分が吐き出す煙をボーッと見つめる。

 

サトシが厨房からビールを2つ持って出て来た。

 

ビールをリリーの前に置いてサトシは自分のグラスを持って

 

「お疲れ様でした。いただきます」

 

と言って乾杯をした。

ビールをひと口呑んでサトシが口を開いた。

 

「ママ、今日の四ッ谷様みたいなことって多くある事なのでしょうか?」

 

「そうね。皆んな気が付いてないだけで、比較的よくあることなのかもしれないわ」

 

リリーが伏し目がちに言った。

 

「本当ですか?え?だとしたら僕も霊を連れて帰ってたりしてるってことですよね?」

 

サトシは目を見開き右手で口を覆いながら話した。

 

「そうかもしれないわ。でも、本当に色んなケースがあるのよ」

 

リリーは淡々と答えた。

 

サトシは興味津々で

 

「霊が先に住んでたりすることもあるのですか?」

 

と思いついた質問をした。

 

リリーは真顔で答える。

 

「あるわよ。先に住んでること…」 

 

「えー。あるんですね」

 

サトシは自分で聞いておきながら他人事の様に答えた。

 

リリーは遠くを見つめながら口を開いた。

 

「私が若い頃、事務の仕事が決まって会社の近くに引っ越しをしたことがあるの。

 

昼間に内見に行って、白いビルでお部屋も6帖の洋室に押入れが1間分、バストイレはセパレートタイプで台所も4帖半はあって、洗濯置き場も中にある住みやすそうな物件だったの。

 

会社からも歩いて5分程度だったし家賃もお手頃。

 

即決めて引っ越したの。

 

引っ越すまで気が付かなかったの。

私ですら…」

 

サトシは真顔でリリーの話を聞き入っている。

リリーは淡々と続けた。

 

「引っ越し当日に綺麗な家で過ごす初日で、まだ慣れない自分とウキウキした気持ちとで眠りについたの。

 

気持ちよく眠りに落ちるその時に…」

 

「その時に?!」

思わずサトシが声を出した。

 

リリーは口元で笑ってみせた後に続けて話した。

 

「その時に扉の向こうの台所で物が落ちる音がしたの。

 

おや?って思ったけど眠気が勝って、そのまま眠りに落ちたわ」

 

「よ、よく寝れますね…」

 

「そうかもね」

 

と言ってリリーは笑った。

 

「その音の正体は何だったのですか?」

 

サトシが待てずに聞いた。

 

「先住者がいたのに気が付かなかったのよ」

 

リリーはさらっと答えた。

 

「先住者って何ですか?」

 

サトシは素直に聞く。

 

「先に住んでる人が居たの」

 

リリーは端的に答えた。

 

「あ、はい。意味は分かります。もちろん生きてない人ですよね?」

 

サトシがストレートに質問した。

 

「そうね。今を生きていない人。

 

私が昼間に内見に行った時は出掛けていて、その場に居なかったのよ。

 

それで気が付かなかったの」

 

リリーはタバコを消して、ビールを呑んで続けた。

 

「そして、その日から毎晩の様に夢を見るの。

 

それは全て怖い夢で、その中の1つを話すとした

 

ら、段ボール箱が送られてきて開けてみたら子供の生首だったり、日に寄っては手足だったり…

 

どちらにしても毎朝の目覚めは良くなかったわ」

 

リリーは新しいタバコに火をつけた。

 

サトシは真顔で頷いて聴いている。

 

リリーはゆっくりと煙りを吐いて

 

「家の中でのラップ現象も、日に日に酷くなったの。台所で物が落ちる音だけでなく水道の水が出たり電気が点いたり消えたり…

 

私に対して抗議ってより、その行動が普通だったみたい…」

 

と淡々と話した。

 

サトシは素直に質問する。

 

「結局、どうして欲しかったのですか?」

 

リリーも真面目に答える。

 

「たまたま波長があっただけなのよ。彼は死んでも尚、そこで普通に暮らしていただけだと思うわ」

 

「ママ、いつまでそこに?」

 

サトシがビールグラスを持ったまま質問した。

 

「半年でギブアップだったわ。不動産屋さんに霊が出ることで抗議したの。

 

入る前に特異体質だから、そういうのが無いところを紹介して欲しいと言ったのに教えてくれなかったって文句言ったの。

 

前の人も同じ理由で引っ越ししたみたいだったし…

 

それよりも本当に引っ越す理由は、隣の住人。

派手な水商売の女性と威勢の良いオラオラ系の人が住んでたんだけど…

 

ある日、彼女が留守の時にピンポンされて、チェーン越しに話したら…

 

赤ワインの瓶を片手に一緒に呑まないか?としつこく誘われて…」

 

サトシが話している言葉を遮る様に

 

「えっ?それって反社会勢力みたいな方ですか?」

 

切り込んだ質問をしてきた。

 

リリーは苦笑いをした後に

 

「結局、死んだ人より生きてる人間が1番厄介って事よね。恐怖でたまらなくなったのは先住者よりも生きてる人間だったの」

 

そう言って肩をすぼめた。

 

「マジですか?死んでる人の方が怖いと思ってました」

 

サトシが前のめりに聞く。

 

リリーは首を大きく横に振った後

 

「死んでる人は成仏して貰えば良いけど、生きてる人は本当に厄介だし、何をするか分からないから怖いわ」

 

とマジマジと言った。

 

サトシは大きな目をクリクリさせながら

 

「どっちも怖いです」

 

と震える声で言った…

・・・

 

後日、四ッ谷からメールで

 

無事引っ越しはしましたが彼はそのまま前の家に残ったようです。

 

と連絡をもらった…

 

今宵はココまで…