第53話ー本音

今宵の【Bar Siva】はオープン前にボーイのサトシがオーナーママであるリリーに質問をして既に店内の温度があったまってる状態だ。

サトシは厨房からビールを持って出て来た。

「ママ、ビールでございます」

「ありがとう」

そういうとリリーはビールを受け取って勢いよく呑んだ。

ビールグラスを半分近く呑み干して

「美味しい!」

と満面の笑みを浮かべてリリーは言った。

リリーがタバコを取り出して火をつける前に店のドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

反射的に出来るボーイのサトシが爽やかな声で言った。

リリーはタバコとライターをカウンターに置いて

「ようこそ。こちらへどうぞ」

と言いながら右手でカウンターの席へ促した。

「ありがとうございます。ご無沙汰しております」

その女性は小さく会釈をしながら店の中に入って来た。

その女性の名前は太田。

彼女は定期的にやってくる。

カウンターの席に座った太田へサトシが

「太田様、いらっしゃいませ。お飲み物は何が宜しいでしょうか?」

と言いながらおしぼりを手渡した。

「リリーさんとビールで乾杯します」

太田はサトシの顔を見ながら丁寧に答えた。

「かしこまりました」

サトシはそう言うと厨房へ入って行った。

「調子はどうかしら?」

リリーがタバコに火をつけながら聞いた。

「主人ですか?相変わらずです。

家に居ても自分の部屋に閉じこもって出て来ないし、家のことは全く手伝わないし、浮気してるのか家にもあまりいない状況です」

太田は少し早口で怒りが伝わる話し方だ。

「家にいないの?」

リリーが聞いた。

「はい。土曜のゴルフが増えました。

本当にゴルフかは知りませんが」

太田の怒りが増している。

そこへサトシがビールを2つ運んで来た。

「お待たせいたしました。太田様、ビールでございます」

サトシは安定の爽やかさで太田の気を紛らわす。

「ありがとうございます。リリーさん、乾杯」

太田がそう言うとリリーは笑顔でビールグラスを軽く上げてみせた後にビールを一口呑んで言った。

「ご主人、お金は入れてくれてるのでしょう?」

「はい。お金はもらってます。

そこに不満はないです。

ただ、浮気してるとして、そこにお金を使われるのは嫌なんです」

太田は力強い声で答えた。

「他に使われるのが嫌っていう気持ちは

もちろん分かるけど…

ご主人の収入は多い方ですよね?」

リリーが聞いた。

「どんなに多くても他の女に1円でも使われるのは嫌なんです」

太田の顔色が変わった。

太田は更に続ける。

「昔は優しかったのに。

今は主人の笑い声をいつ聞いたかさえ思い出せないくらい愛想もなくて、毎日毎日ご飯作ってても当たり前で、うんともスンとも言わない。

もう限界です…

私、本当にどうしたら良いか…」

「ねぇ。なぜご主人は笑わないのだと思ってる?」

リリーは優しく問いかけた。

「なぜ笑わないか?…ですか?」

太田は質問の意味が飲み込めてないようだ。

リリーは柔らかな表情で

「そう。なぜ笑わないのかって考えてみたことないかしら?」

と更に優しく問いかけた。

太田は瞳を左右に行ったり来たりさせながら少し考えて

「笑わないって単純に考えて楽しくないからですよね?」

とリリーに伺うように言った。

「そうね。シンプルな答えはそうだと思うわ。なぜ楽しくないのかしら?」

リリーは柔らかいトーンで聞いた。

「そ、それは、外に女がいるから家が嫌になったからですよね?

女の事が好きだからですよね?」

太田は小刻みに震えながら答えた。

リリーは深呼吸をしてから太田を真っ直ぐに見つめて

「それは、ご主人が浮気をしている前提になってませんか?」

淡々と力強く言った。

太田は驚いた顔をして

「主人は浮気してないってことでしょうか?

私の勘違いだと?」

リリーを真っ直ぐに見返して言った。

リリーは真顔で

「ご主人が笑わないのは楽しくないからだけではないと思うわよ。

あなた、お家でどんな顔してるの?

笑顔でご主人を迎えてるかしら?

今みたいに眉間にシワを寄せて何が気に入らないのか分からない様子を続けてない?

大丈夫?」

心配してるトーンで聞いた。

「私ですか?私?…」

太田は震えこそ止まっているが、少し放心状態に見えた。

リリーは優しい声に戻って

「そう、あなた自身。

あなたはご主人のことが大切なんですよね?

好きで自分に構って欲しい。

それが本音なのではないですか?」

ゆっくりと聞いた。

太田は小さく何度も頷きながら話し出した。

「そうです…私、主人のことが好きなんです。

でも…結婚して子育ても落ち着いて子供たちも独立して、夫婦2人の生活になってから、主人は全く私を構ってくれなくなりました。

全くですよ?」

太田の頬に涙がこぼれ落ちていく。

涙を拭いもせずに太田は続ける。

「子供たちが巣立ったから寝室を別にしたんです。

主人は昔からいびきを気にしていたのもあったから『別にしよう』と言われて…

でも、それから…

私を求めてくれなくなりました」

太田の本音はコレだ!

リリーは優しい表情のまま

「あなたから求めたことは無いの?」

迷子の子供にたずねる様に聞いた。

太田は涙目のまま

「私から求めるなんて…

そういうことは男性側からするものですよね?」

真剣に言ってくる。

リリーはニッコリと笑って答える。

「どちらかからだけなんて決めつけるのは勿体ないわ。

女性だって抱かれたいって思うことは普通のことで、それを相手に伝えるのも大切なことだと思うわよ」

「でも、そんなこと言って嫌われたりしませんか?」

太田は潤んだ大きな瞳でリリーを見つめた。

「ご主人も部屋が別々になってから、どうして良いのか分からないだけかもしれませんよ。

あなたが笑顔で優しく迎えてあげてみたら?

ご主人は今の雰囲気の家の居心地が悪いと感じてて、土曜日のゴルフも行ってるのかもしれませんね」

リリーはそう言った後、新しいタバコに火をつけた。

太田は少し俯き加減で一点を見つめ、考えた後に口を開いた。

「私、勝手に怒ってて…

主人が構ってくれないし、部屋にすぐ入っちゃうし…

寂しいって素直に言えなくて…

どんどん雰囲気が悪くなっていって…

でも、私は主人がいないと不安で、寂しくて…」

「そうね。それを素直に話してみたらどうかしら?」

「ど、どうやって話したら良いのか…」

「まずは笑顔で普通に話してみたらどうかしら?

いきなり、なぜ求めてくれないの?

ってストレートに言ってしまうと責めてる感じになるから、会話を多くしていくところからスタートしてみたら良いと思うわ。

笑顔でね」

「・・・はい…やってみようと思います」

太田はそう言うと、おしぼりで涙を拭いた。

「何十年夫婦やってても言わなきゃ伝わらないわよ。

でも、何十年も夫婦でいられるだけのご縁がある相手だから、大切にしてね」

そう言って、リリーは温かい瞳で太田を見つめた。

太田は何度も頷いた。

その顔はどこか晴れやかになっていた。

・・・

「ありがとうございました」

サトシの爽やかな声が店内に響いた。

サトシはカウンターの上を片付けながら口を開いた。

「思ってることを相手に伝えるのって簡単そうで難しいんですね」

「そうね。難しいと思えば難しいけど、分かり合おうと思ったら相手の話を聞くことと、自分の思っていることを伝えるってことをするしかないからね」

リリーはタバコを吸いながら続けた。

「ま、そう言う相手がいるってことが重要よね」

「本当ですよね〜ママ!」

一瞬驚いた顔をしたリリーはサトシの顔を見て

声を出して笑った。

今宵はココまで…