第54話ー残念な社長

今宵の【Bar Siva】も定刻通り開店へ向けて、ボーイのサトシがお店の準備をしている。

 

オーナーママであるリリーは今宵は既に出勤しており、カウンターの定位置で瞑想している。

 

光沢のある黒のロングドレスに同じ様な色の大きめなボレロ。

 

高いヒールのスリムなブーツ、メイクはダークブラウンとゴールドのラメ。

 

そのラメと似た色の大きく存在感のあるピアス。

 

リリーワールドのスタンダードなスタイルである。

 

リリーはタバコをゆっくりと吸いながら、今夜来店する予約の人たちの悩みや想いのうごめきを受け取る。

 

リリーはゆっくりと目を開けて、瞑想から戻って来た。

 

どこか苛立ちがある様だ。

 

出来るボーイのサトシは

 

「ママ、お先に呑まれますか?」

 

とすかさず声を掛けた。

 

「そうね。お願いするわ」

 

と言って、リリーはサトシに向かって小さく会釈した。

 

厨房から高速でサトシがビールを持って出てくるとリリーへ手渡した。

 

「ありがとう」

 

と少し落ち着いた声でリリーは答えて即座にビールに口をつけた。

 

「村上様でしょうか?」

 

サトシがストレートに聞いた。

 

リリーはビールグラスをカウンターに置きながら、チラッとサトシの顔を見て

 

「来れば分かるわ」

 

と言って怪しげに微笑んだ。

 

リリーの笑みを見てサトシの目がどんどん大きくクリクリになっていった。

 

サトシが大きく息を吸い、言葉を発する前に静かに店のドアが開いた。

 

反射的に

 

「いらっしゃいませ」

 

サトシは息を吸っていた分、いつもより大きめの声で言った。

 

ドアを開けて少し覗き込んでいる男性が

 

「今晩は。村上と申します。予約10分前なのですが、大丈夫でしょうか?」

 

とても丁寧に聞いてきた。

 

サトシはリリーの顔を見てオッケーの合図をもらってから

 

「大丈夫ですよ。中へお入りください」

 

といつもの爽やかな声で言った。

 

リリーは妖艶な雰囲気を身にまとい

 

「ようこそ。こちらへお座りください」

 

と右手でカウンター席へ案内した。

 

村上は数回頭を下げながら申し訳なさそうに中へ入って来た。

 

「いらっしゃいませ。村上様、何を飲まれますでしょうか?」

 

サトシがおしぼりを出しながら笑顔で聞いた。

 

村上はカウンター席に座り、おしぼりを受け取って

 

「僕は初めてなのでシステムを教えていただいてもよろしいでしょうか?」

 

と店内をキョロキョロする様子で質問した。

 

「かしこまりました。

 

当店ではテーブルチャージ料金がベースにありまして、飲み物の代金は注文された分と鑑定料金は別料金になります。

 

ご予約のメールで鑑定希望ということでしたので、こちらの料金が追加されます」

 

とサトシはメニュー表を村上に見せながら説明した。

 

「なるほど、分かりました。ありがとうございます。ネットの書き込みで、リリーさんとビールで乾杯される方が多いと読みましたので、ビールを2杯ください」

 

「かしこまりました」

 

サトシは笑顔で厨房へ入って行った。

 

「ご来店ありがとうございます。ネットでお調べになって予約されたのですか?」

 

リリーが単刀直入に聞いた。

 

「はい。昔、誰かにこちらのお店の評判を聞かされていた記憶があって、検索してみたら色々出てきて興味が湧きまして、予約させてていただきました。今日は宜しくお願いします」

 

村上が丁寧に説明をして最後にカウンターに顔が当たりそうなほど深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

リリーはお礼を言った。

 

そこへサトシがビールを2杯運んで来た。

 

「お待たせいたしました。ビールでございます」

 

村上の前に1つ置いて、もう1つはリリーの前に置いた。

 

村上がビールグラスを持って

 

「初めまして。よろしくお願いします。乾杯」

 

と丁寧に言って、リリーのグラスに軽く当てた。

 

「いただきます」

 

リリーはひと口呑んでグラスを置いて

 

「今日は何を知りたいのかしら?」

 

これまたストレートに質問をした。

 

村上は両手をカウンターの上へ片仮名のハの字の様に置いて小さく頭を頷く様に動かしながら話す。

 

「はい。私は小さいながら会社を経営させていただいております。

 

従業員は事務員さんが1人と営業が1人で私と合わせて3人の会社です。

 

小さいながらも年商も順調で有難く生活させていただいております。

 

広告関係全般取り扱っておりまして、競合他社と喧嘩するよりも、持ちつ持たれつではありませんが、仲良く程良い距離で仕事させてもらってます」

 

リリーは真顔で村上の話を聞いている。

村上は続けて話す。

 

「その競合他社の中のある1社の社長さんは若くして才能も器量もある方でして、ここ最近ずっと知らぬ間に我が社の顧客とも仲良くされている様子で少し不安なんです。

 

しかも、我が社の営業の人とも個人的に付き合いがあるらしく、会って何を話しているのか問いただしても世間話しかしてないって言うんです。

 

ですが、動きが怪しいとしか思えないので、実際どうなのかを教えていただければと思いまして、こちらに来させていただきました。

 

何卒、宜しくお願いします」

 

村上は話し終えると深々と頭を下げた。

 

リリーは村上が顔を上げるまで待ってから口を開いた。

 

「社長さん、ここへ来られる前にネット検索でお調べになって来られてると言うことは、私がストレートに答えるってこともご存知なのかしら?」

 

「あ、はい。とてもストレートだと予備知識として入れてあります。

 

私も回りくどい表現よりもストレートに怪しいと言われた方が分かりやすいです」

 

「ですよね。

きっとそうだと思います。

 

でも、それは社長さんの疑う心から全ては歪んで見えているだけだと思いますよ」

 

「えっ?」

 

村上は心の準備をしていた答えとは全く違うリリーの言葉に固まった。

 

リリーはそんな村上を強く見つめたまま続ける。

 

「その他所の社長さんって、とても誠実で良い方だと思います。

 

御宅の営業の人に色んなノウハウのアドバイスをしてあげている間柄なのでは?」

 

「そ、そうだとしたら彼が私に隠さずに、アドバイスしてもらってると言うはずですよね?」

 

村上は納得いかないトーンで話した。

 

「それを言わせなかったのは社長さんですよね?」

 

リリーは熱を抑えた声で聞く。

 

「どういう意味ですか?私が言わせない様にしたと言うことですか?」

 

村上は更に納得いかない。

 

「そこです。

 

結果的に業績は伸びてるのに全てを知りたい、管理したい、信用してない社長さん自身の感情レベルの話になってませんか?」

 

リリーが抑え気味の声で淡々と言った。

 

あからさまに怪訝な顔をして村上が答える。

 

「私の責任ってことですか?」

 

リリーは顔色1つ変えずに答える。

 

「そうです。

会社で起きてることの全ての責任を負うのが社長ですよね?」

 

「ま、そうですけど」

 

ぶっきらぼうに村上が答えた。

 

「社長さん、初対面の私に対してでさえ、この態度をされるということは、従業員や身内の方へは更に明確に態度を出すってことですよね?」

 

言った後の目が怖いリリーは久しぶりだ。

 

村上は不機嫌な様子のまま答える。

 

「初対面の人に言われることではないと思いますが私の何を知ってるかって思ってしまいますよね」

 

リリーは内心笑いが込み上げていた。

それを堪えていることを全く見せずに

 

「では、ここへ何をしに来られたのですか?」

 

ド、ストレートに冷ややかに聞いた。

 

「だから最初にお話した様に…」

 

村上はここで気が付いた。

自分が聞いていることの答えをリリーがストレートに言っている事実を…

 

「すみません。私、少し動揺していたと思うのですが、結局、我が社の営業は私を裏切っていないということですよね?」

 

村上が少し冷静になって質問した。

 

「最初からそう話してます。

 

裏切りとか勝手に思ってるのは社長さんだけですよ」

 

リリーは真顔で答えた。

 

「す、すみません。てっきり裏切られてると思ってました」

 

村上は一挙に冷静になったようだ。

そしてそのまま続けた。

 

「でも、あの社長さんは我が社を出し抜こうとか我が社の営業を引き抜こうとか考えているのは当たりですよね?」

 

リリーは完全に呆れた。

呆れたまま質問に淡々と答える。

 

「あの社長さんのアドバイスのおかげで御社は業績を上げています。

 

とっても良い人なのに、何故そんなに嫌うのですか?

 

貴方に利益をもたらせている相手に何故そこまで攻撃をするのか私には一切理解出来ません」

 

リリーは厳しい表情で言った。

 

「いや〜。どう考えても他社の利益に貢献なんて有り得ませんよね?」

 

村上は眉間にシワを寄せて話した。

 

リリーは心底うんざりして

 

「本当に考え方が狭いのですね。もう少し色んな意味でゆとりを持たれてはいかがでしょうか?」

 

淡々と右口端を上げたまま話した。

 

「私、ゆとりない様に見えてるのでしょうか?」

 

村上が真顔で聞いた。

 

「そうですね。ゆとりってよりも器は小さい様に見えてます」

 

リリーがそう言って最後に口元だけで笑って見せた。

 

村上はイラッとして

 

「もっと器が大きくなる様に邁進します」 

 

と嫌味混じりに言った。

そして突然立ち上がり

 

「この後がありますから計算してもらってもいいでしょうか?」

 

そう言って慌ただしくお会計をして、村上は店内を後にした。

・・・

 

カウンターの上を片付けながらサトシが

 

「なんかモヤっとしてます」

 

と、やり切れない気持ちを口にした。

 

リリーはタバコを吸いながら

 

「だから来れば分かるって言ったのよ」

 

と満面の笑みで笑った。

 

サトシは

 

「あっ!」

 

と言う顔になっていた…

 

今宵はココまで…